Jaco Pastorius <b>

 (C)Shigeru Uchiyama/Whisper not 



ジャコ・パストリアス(1951.12.1~1987.9.21)

レコード会社のジャズ担当嬢から突然の電話。かなりあせった様子で、四谷にある写真スタジオにすぐ来て欲しいと言う。ジャコ・パストリアスの宣伝用写真を撮るためにスタジオを予約したが、手配したカメラマンをジャコが気に入らず、どうしても内山に撮らせろとゴネていると言う。'78年に来日したウエザー・リポートの日本ツアーを追っかけて以来、撮影のために裸のベース・ギターを携えて銀座の街を歩いたり地下鉄に乗ったりする「変」な要求にも笑って応えてくれて、ジャコとはなぜかウマが合っていたのだ。

  

ぼくと同じ1951年の生まれ。'76年にベースがジャコに交代してからのウエザー・リポートの一員として、'82年からは自己のバンド「ワード・オブ・マウス」で毎年のように来日した。フレットのないエレキ・ベースで絶え間なく細かいフレーズを走らせ、カーン!と高音のハーモニクスを響かせる。イフェクターを使って深く豊かなサウンドをうならせる、斬新な手法と超人的なテクニックでジャズ・ベースの新しい世界を築いた革新者である。

  

「フロリダのパンク兄ちゃん」から「革新的な天才ベーシスト」となったジャコは自己のバンドを結成した'82年あたりから奇行に走るようになった。皇居のお堀に飛び込んだり、ケンカして自慢の長髪に火を付けられたり、けがをしたり。逮捕され、ついに精神病院にも入れられて音楽界から見限られた状況に陥ったジャコに最後に会ったのはマンハッタンのピアで行われたビーチボーイズの野外コンサート。ヨレヨレでドロドロになったジャコがなぜそこに居たのかは今となっては不明だが、ぼくを見つけて嬉しそうに笑ってくれた飲みかけのビールを複雑な気持ちで飲んだ。脳血管破裂でジャコはその翌年逝った。

  


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