(C)Shigeru Uchiyama/Whisper not 


ジミー・スミス ( 1925.12.8 ~ 2005.2.8 )

オルガンは賛美歌(黒人霊歌やゴスペル)の伴奏のために教会には必需品だったし、多くの黒人ミュージシャンが子供の頃から教会におそらく深く接していたにも拘わらず、他の楽器に比べてオルガン・ジャズのデビューは遅かったらしい。

神聖な宗教音楽を商業的(金儲け)に用いることに抵抗があった説、ピアノに比べて奏法が格段に難しかったから説などいろいろ言われているが、ジミー・スミスによってオルガンジャズの道は開かれ、人気投票ランキングではその他の楽器部門に追いやられていた奏者達も、遅まきながら新設されたオルガン部門にやっと入ることができた。ジミーの功績は大きい。

同姓同名のドラマー:ジミー・スミスとケニー・バレルとのトリオで1993年暮の来日時、ライブ・レコーディングを予定された大阪へのツアーにに同行した。
ユッタリとしかし広すぎない会場、テーブルにキャンドルの灯り、時まさにクリスマス・イブとあってラブ・カップルが大半(クソ)、明るすぎないステージ(写真撮りにくい、クソ)

随所にクリスマス・ソングのフレーズを粋に織り交ぜながら、ソウルフルにブルージーにファンキーに繰り広げられたコンサートの模様は後に「THE MASTER」「The Master II」としてリリースされた。(下写真:ジャケットとインナーのライブ・フォトは僕です)

急逝したジミー・スミスの追悼コンサートが2005年5月、新旧9名の日本人オルガン奏者を集めて、六本木のスイートベイジルで行われた。

スイートベイジル(STB139)はオープニングにロバータ・フラックを迎えて1998年の暮れに開店。以来アニマルズ/ドノバン/シルビー・バルタン/クリストファー・クロス/カーラ・ブレイ/モンキーズのデイビー・ジョーンズなどなど、ブッキング担当の中山康樹の趣味を反映した実に節操のないプログラムで人気を博した。
オープン当初から約1年間はハウス専属のカメラマンとして、週替わりで繰り広げられるブリティッシュビートやアメリカンポップやフォークやジャズを、節操なく楽しませていただいた僕にとっては懐かしのライブハウス。

メモリアルコンサートの発起人は日本のオルガンジャズの第一人者KANKAWA。一番上の写真はジャズキチ(大のジミーファン)の印刷屋が無償で作った当夜の(12インチLPサイズ)特大プログラム。お線香の代わりと言っては何ですが、僕の写真提供もノーギャラです。

顔を合わすといつも「ゲンキデスカー?」「ア、ソーデスカー」としわがれ声で言っていたジミー・スミス、・・・冥福を祈ります。


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